【ルクセンブルクワインラボ 研究員紹介】
- 松野所長:一応ワインスクールで学んだ、なんちゃってワインプロ。ルクセンブルクワインを日本で広めるという密な野望を持っている。
- 中丸研究員:ラボ一番のエピキュリアン兼グルマン。美味しいものの話になると目の輝きが違う。ワインと料理のマリアージュには興味津々。
- 石黒研究員:「いつかは資格を」と、高い志でワインの勉強会や試飲会に積極的に参加するが、気がつくと楽しく飲んでいる、生粋のノムリエ。
【前回までのあらすじ】仕事でなんとなく知っているルクセンブルクワインをきちんと理解したいと言いだしたルクセンブルク貿易投資事務所のメンバー。それを聞いて立ち上がった松野は「ルクセンブルクワインラボ」を急遽設立することに。ベルナール・マッサールのクレマン4種を試飲して自信をつけた所員は、仕事中もワインが気になるようになり…。
第二回『ルクセンブルクでオレンジワイン? 伝統と革新の遺伝子 ドメーヌ・コックス』前編
中:ドローンの活用は色々な産業分野に広がっていますね。
松:数年前は映像撮影で使うイメージでしたが、事例が増えていますよね。そういえば、ルクセンブルク大学の緊急時5Gドローンシステム研究が、政府の5G活用プロジェクトの一つに採択されていました。
中:あれ?ルクセンブルクでドローンの話題を検索してみると、ブドウ畑の写真が出てきます。2019年から、このDomaine KOXというワイナリーでドローンを使った防カビ剤の散布が行われているようです。若い女性オーナーなんですね。
石:どこのワイナリーですか?どんなワインを作っているのか知りたいです。
松:これは、ワインラボで取り上げる必要がありそうですね。
ドメーヌ・コックス(DOMAINE KOX)
1680年代まで遡る歴史あるコックスファミリーは、1909年に現在の場所にワイナリーを建設
各世代のオーナーがその時代の技術を駆使し確立した高評価のクレマンで知られる
2019年にワイナリーを継いだコリーヌ・コックスが伝統を継承しつつ新たな挑戦を展開
ワイナリーがあるのは、モーゼル地方の中部、レーミッヒ
石:ドメーヌ・コックスをウェブで画像検索すると貴族の館のような建物の写真が出てきます。キレイですね。これがワイナリーなんでしょうか?
松:長い伝統のあるファミリーですが、今の場所にワイナリーを作ったのは100年少し前らしいです。この素敵な建物は2009年に古い建物をリノベーションしたものなんですね。試飲会のできるスペースもあるそうです。
中:この館で試飲!優雅でいいですね。
石:でも、伝統あるワイナリーでドローンを使うなんて意外です。
松:ドローンの活用は、2019年に同ワイナリーを父親から継いだコリーヌ・コックスさんのアイディアのようです。彼女のインタビューを読みましたが、「ドローンを使うのはほんの一部の作業だが、トラクターのように土壌を踏み固めてしまうこともなく、ヘリコプターより低空を飛行しピンポイントの散布ができるドローンにはブドウ栽培への利点がある。」とコメントしていました。理想のワイン造りを追求する中でドローンの使用に至ったんですね。
中:虎屋の社長の「伝統とは変化である」という言葉を思い出しました。
松:虎屋も自動化した方が良い製造過程は積極的に自動化するなど、進取の気風があると聞きますね。まさに、両社とも「顧客に最高のものを提供し続けるために、原点を見つめながら常に新しいものを取り入れていく」という姿勢を大事にしているのでしょう。
石:コリーヌさんは写真で見ても、若くて何となく都会的な印象ですね。でも、彼女以前のコックスはどうだったんでしょう?
松:おそらく、代々の当主がそれぞれの時代の開拓者だったのだと思いますよ。例えば、コリーヌさんのお父さんのローラン・コックス氏は、ルクセンブルクで高品質クレマンの生産者として知られていますが、ここで問題です。前回、クレマン・ド・ルクセンブルクのラベルを得るためには細かく製法などが規定されていると勉強しましたが、その法律ができたのは何年でしょうか?
中:前回、学んだベルナール・マッサールがクレマンを作り始めたのが1921年だったから、その頃ですか?
松:残念!実は、最初の近代的ワイン法が誕生したのは1930年代のフランスですから、もっと後になります。ワインが国の重要な産業だったフランスは、ワインの品質を守るために1935年に生産に関する様々な規制を導入ました。これが、他のワイン生産国の見本になり、次第にワイン法を制定する国が増えていきました。ルクセンブルクは1935年に国産ワインの認証制度を開始したので、品質管理に最も敏感だった生産国の一つなのです。
石:あの、それでクレマンの法律は・・・?
松:あ、失礼しました!クレマン・ド・ルクセンブルクの規格が法律に定められたのは1991年です。手収穫、全房圧縮、瓶内二次発酵、最低9ヶ月の瓶内熟成、デゴルジュマンによる澱の除去等々、いわゆるシャンパーニュ製法の製造過程と規格が細かに定められました。そして、この1991年に、ローラン・コックス氏はクレマン・ド・ルクセンブルクのラベルを獲得しています。以来、規格のさらに上をいくクレマンを造り続け、2015年のワイン法改正でミレジメの称号が認められるより前から長期瓶内熟成させるクレマンを生産しています。
石:お父さんも色々チャレンジされる方だったんですね。クレマンの試飲が楽しみです。
松:でも、コリーヌさんのチャレンジはドローンだけではないんです。
中:もしや、ロボットが生産しているとか・・・
松:いやいや、方向性が違います。なんと、ルクセンブルクでオレンジワインの生産を始めたんですよ。史上初です。そこで、今日はオレンジワインについても学びましょう。
松:オレンジワインって、どんなものかご存じですか?
中:白ぶどうを原料に赤ワイン製法で作ったワインですよね。
松:その通りです。オレンジワインは、このところ話題でお店でも目にする機会が増えてきましたよね。
石:この前、オレンジワインを買って飲んでみましたが、そのボトルはあんまり好みではありませんでした・・・。
松:それは残念ですね。独特の香りや味わいがありますが、よくできたものは美味しく料理に合わせやすいと人気ですから、コックスのオレンジワインで上書きできるかもしれませんよ。
オレンジワインはワイン発祥の地とも言われるジョージア(グルジア)国で伝統的に造られています。8000年の歴史があるとか。昔は「クヴェヴリ」と呼ばれる素焼きの甕を地中に埋め込み、そこでブドウを房ごと発酵・熟成させていたそうで、今でもこの伝統的醸造法でワインを造る生産者も多いです。
中:そんなに古いワインなのに、なんで今頃ブームなんですか。
松:ジョージアは旧ソ連圏だったため、ジョージアワインが海外に出ることがほとんどなく知られていませんでした。最近のオレンジワインブームは、イタリアのフリウリ地方のワイン生産者がその美味しさにほれ込み、同じ製法で造り広めたのがきっかけだそうです。今では、ジョージア、イタリアだけでなく、ドイツ、オーストリア、スペイン、アメリカなど世界各国で造られています。
石:コックスのパンフレットの写真にある土の中に埋めた大きな壺が、オレンジワインの甕なんですね。
松:2014年にコリーヌさんの発案で、ジョージアで購入したクヴェヴリを埋めてオレンジワインの生産を始めたそうです。
石:オレンジワインは何で人気なんですか?
松:何にでも合わせられるマルチプレイヤーと言われているからですかね。赤はお肉など、白は魚介など、とマリアージュの得意分野がありますよね。スパークリングワインと同様、オレンジワインも幅広いマリアージュが可能と言われています。
今回は、オレンジワイン2種類とクレマン1種類を試飲しましょう。
- “ヴァン・オランジュ 2020”
- “クヴェヴリ リースリング 2018”
- “キュヴェ・メルジーナ”
松:最初のボトルはその名も「ヴァン・オランジュ」、オレンジワインです。
- ドメーヌ・コックス “ヴァン・オランジュ 2020
(ピノ・ブラン、アルコール度数13.5%)
中:透き通った桃色というか、淡いピンクのような色合いですね。
松:陽にかざした琥珀のようで、きれいです。
石:香りが印象的です。グミのHARIBOを思い出したんですが。
松:グミの中でも、HARIBO指定ですね(笑)。凝縮した果汁の感じ、イメージは分かります。私は、甘く煮詰めてシナモンをかけたりんごジャムのような香りを感じました。スパイシーなニュアンスもありますね。
中:自分が感じたのは、バナナとか、熟した桃とか、熟れたフルーツです。
石:前回はクレマンだったので、グラスを回す際に内側にできる跡は見ませんでしたね。今回は意識してみたら、結構はっきりと見えますね。
松:勉強されていますね。いわゆる「涙」と言われるものです。これがはっきり見えるとアルコール度数が高いのですが、このワインはたしかに13.5%と高めです。
中:口に含んでみると、香りとずいぶん印象が違いますよ。タンニンはしっかり強めで、甘みが少ないです。
石:この前飲んだオレンジワインよりずっと私ごのみです。口の中は後味すっきりなのに、余韻が長く感じます。
松:自然派ワインに通じる、複雑でまろやかな味わいですね。丁寧に発酵された醤油にも通じるニュアンスを私は感じました。どんなお料理と楽しむのがいいでしょうね?
中:ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)で間違いありません。
松:すみません・・・、それはどのようなお料理でしょうか?
中:炭火でサッと焼き上げ、外はカリッと中はかなりなレアで、塩コショウのみで味を調えた、極めてシンプルなステーキです。
石:私は、柿の種を推します。
松:なるほど、お肉本来の味を楽しむステーキ、醤油味、ナッツとは確かに合いそうですね。私は醤油のイメージが強いのですき焼き。生卵を使っても、このワインならいけると思います。
中:あと、チーズは全般的に合いそうですね。
石:そうですね。ハード系のもカマンベールのようなタイプもいけますね。
中:このワイン、自分的には相当好きなタイプです。
松:お気に入りワインとの出会いは嬉しいですよね。
(後編に続く)