【ルクセンブルクワインラボ 研究員紹介】
- 松野所長:一応ワインスクールで学んだ、なんちゃってワインプロ。ルクセンブルクワインを日本で広めるという密な野望を持っている。
- 中丸研究員:ラボ一番のエピキュリアン兼グルマン。美味しいものの話になると目の輝きが違う。ワインと料理のマリアージュには興味津々。
- 石黒研究員:「いつかは資格を」と、高い志でワインの勉強会や試飲会に積極的に参加するが、気がつくと楽しく飲んでいる、生粋のノムリエ。
【前回までのあらすじ】ルクセンブルクワインをきちんと理解しようと始まったルクセンブルク貿易投資事務所のメンバーによる研究会「ルクセンブルクワインラボ」。歴史あるワイナリー、ドメーヌ・コックスで若い後継者が革新的ワイン作りをしていると聞いた3人は、同ワイナリーが手掛けるルクセンブルク初のオレンジワインの試飲に挑んだ。
第二回『ルクセンブルクでオレンジワイン? 伝統と革新の遺伝子 ドメーヌ・コックス』後編
松:それでは、もう1本オレンジワインをテイスティングしてみましょう。
- ドメーヌ・コックス “クヴェヴリ リースリング 2018
(リースリング、アルコール度数 12.5%)
中:クヴェヴリというのは、オレンジワインに使われる素焼きの甕でしたね。リースリングワインをオレンジワインの製法で作ったものということですね。
松:はい、その通りです。
石:リースリングといえば何となくドイツの甘口ワインのイメージが強いです。
中:ルクセンブルクのリースリングはすっきりしたものが多いですよね。あと、この前試飲したベルナール・マッサールのクレマンにもブレンドされていましたね。
松:リースリングはたしかにドイツを代表する品種と言えますね。ワインの世界で『高貴品種』と呼ばれ、伝統的に最高品質のワインができるぶどうとされています。しっかりとした酸味と上質な香りが人気で、世界の冷涼な生産地で爽やかな辛口から甘口のワインまで造られています。私も「ルクセンブルクでは、リースリングをクレマンの混醸にも使うんだ」と最初は驚いた記憶があります。
石:オレンジワインにリースリングって使うものなのですか?
松:珍しいかもしれません。ご説明した歴史の通り、オレンジワインはジョージアからイタリアに広まったので、ジョージアの土着品種であるルカツィテリやイタリアで普及しているピノ・グリージョ(ピノ・グリ)や、伊・フリウリ地方の土着品種リボッラ・ジャッラがよく使われると聞きます。
中:ルクセンブルクのオレンジワインで、しかもリースリング。レアですね。
松:それでは、まずは色など外見から見ていきましょう。
石:液垂れ速度が1本目よりより速いです!
中:最初に飲んだ“ヴァン・オランジュ 2020”と似ていますね。
松:先程のものよりアルコール度数が少ないためか、さらっとした液体です。
さて、香りは、先程のオレンジワインとは違い、柑橘系の爽やかな印象が強いです。
石: Pinot blancに近い香りと思いました。
中:りんごの香りもほのかに感じます。
松:口に含んでみると、オレンジワインらしい複雑さを感じますね。香りの爽やかさに対してふくよかな味わいです。さきほどのボトルよりしっかりしたタンニンのニュアンスと若干のフルーティーさを持ち合わせている気がします。
石:複雑さゆえに好みが分かれるかもしれませんが、1本目同様私は好きです。
中:こちらもタンニンは強めですね。キレがあります。
松:これにはどのような料理を合わせるのが良いと思いますか?
石:クリームソースに合うと思います。ルクセンブルクの伝統料理、Paschtéit(パシュテイト:鶏とキノコのクリーム煮をパイのポットに詰めたもの)との相性は良さそうですね。
(写真: ルクセンブルクの伝統料理「パシュテイト」*石黒研究員の自作!)
中:最初のオレンジワインはステーキでしたが、このワインは和洋中の様々な鳥料理と合わせたくなりました。しっかりした味の北京ダックとかに合わせてみたいですね!あとはワインとのマリアージュでは変わり種かもしれませんが、サムゲタンなども気分です。
松:私はベトナム料理、特にスイートチリソースで頂く春巻きと頂きたいです。
石:今日、2種類試飲してみて、オレンジワインと言っても使われる品種で味わいがずいぶん違うと分かりました。
中:色々な造り手のオレンジワインを試してみたいですね。どれも和食と相性が良さそうな気がします。
松:コックスのオレンジワインは、ピノ・ブラン、リースリングそれぞれの仕上がりの違いや、両方に共通する洗練された味わいを考えると、とてもよく出来ていると思います。世界のオレンジワインファンに是非知ってほしいですね。
さて、最後のボトルはお待ちかねのクレマンです。
- ドメーヌ・コックス “キュヴェ メルジーナ ブリュット”
(ピノ・ブラン、ピノ・ノワール、シャルドネ、リースリング、アルコール度数 12.0%)
石:「メルジーナ」って、ルクセンブルクの人魚伝説のメルジーナですか?
中:ラベルのイラスト、シャンパングラスのように見えるのは、よく見ると人魚の尾びれですね!
松:まさにその伝説の人魚メルジーナに捧げられたクレマンです。コックスの資料によれば、人魚メルジーナは7年に一度、ルクセンブルク市内のアルゼット川に姿を表すと言われているので、このクレマンも7年熟成させて初めて世に出るそうですよ。
【メルジーナの伝説】
ルクセンブルクの礎となる要塞を築いたとされるジークフリード伯爵は、狩の途中、アルゼット渓谷で歌声の美しい美女メルジーナと出会い、妻に迎えました。メルジーナは結婚の条件として「この地を離れないこと」、「週に一日、自分を独りにし決して干渉しないこと」を伯爵に約束させます。
幸せに暮らしていた二人でしたが、ある日ジークフリードは好奇心を押さえきれずに鍵穴からメルジーナの部屋を覗き見て、彼女が人魚であったことを知ります。見られたことに気づいたメルジーナは、恥ずかしさのあまり窓からアルゼット川に身投げし、二度と伯爵の前に姿を現しませんでした。今でもメルジーナは7年に1度姿を現し、誰かがアルゼット川から救い出してくれるのを待っているそうです。
中:ルクセンブルクのワイン法では、年号をつけた「ミレジメ」クレマンを名乗るためには、瓶内で2年熟成という条件でしたよね。7年は相当長いですね。
松:シャンパーニュは、法定熟成期間が長くミレジメで最低3年となっていますが、有名な造り手は4~10年も熟成させることが多いそうです。
石:熟成が長いとどう変化するのですか?
松:瓶内で熟成される際、発酵を終えた酵母の死骸が澱となって沈殿しますが、これが長い期間をかけて自己分解し、放出された分子がワインの成分と化学反応をおこしていきます。また、栓を通じて微量の空気に触れることで起こる酸化も味わいに影響しているそうです。この瓶内熟成をいかにコントロールできるかが優れたクレマン造りの鍵なんですね。
中:先代のローラン・コックスさんがクレマンを極めようとしていたお話がありましたが、瓶内熟成のノウハウも磨かれたんでしょうね。
(写真:ローラン・コックス、コリーヌ・コックス親子)
石:すごく期待が高まります!
松:色や泡など見た感じはどうですか?
石:ラベル同様、泡が軽やかに立ち昇っていて、なんだかロマンチックです。
中:本当に優しい色ですね。
松:泡がとてもきめ細かく、そして勢いがありますね。このラベルのイラストのようなフルートグラスに入れたらきれいでしょうね。香りは、ジャンパーニュのようなトーストのような印象と、よく熟れた洋梨のような香りを感じます。皆さんはどんな香りを感じましたか?
石:そうですね、熟成した中にも、果物の皮(ピール)でしょうか、渋味を連想させる要素を感じます。
中:青りんごやグレープフルーツのような爽やかな香りです。
松:口に含むとクリーミーな泡が口全体に広がりますね。繊細な酸味で軽やかな味わいです。
石:わっ、泡が一瞬でなくなりました!
中:美味しい~~キレがとてもいいですね。渋味も若干感じます。
松:この「キュヴェ・メルジーナ・ブリュット」は、2021年にミシュランと並ぶグルメガイド「ゴー・エ・ミヨー」ルクセンブルク版の「クレマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞していますね。納得の洗練された美味しさです。
松:これは、是非、手のこんだカナペと一緒にアペリティフで楽しみたいです。ベタですがフォアグラやキャビアとこのクレマン・・・夢のようです。
石:いいですね、レバーペーストとも相性が良いかと思いました。
中:アペリティフとしては理想的ですね。あとしっかりした料理とも。美味しいから何でも合いますね(笑)今の気分でしたら、天ぷら、特にふきのとうの天ぷらとかでしょうか。ふきのとうの持つ若干の苦味が大好きなのですが、苦味とのハーモニーを楽しみたいです。あとは、白トリュフのパスタのようなしっかりした香りが立った料理とも合わせてみたいです。
松:ドローンの話題から始まり、オレンジワインへの挑戦、そしてこだわりのクレマンまで、とても多彩なワイナリーでしたね。
中:でも、ワインの造り方には一貫して先人のノウハウや伝統への尊敬が感じられました。
石:人魚伝説のクレマンはとてもロマンチックです。プレゼントしたら喜ばれそう。
松:生産量が少ないので、人に教えたいような秘密にしておきたいようなワイナリーでしたね。
石:え?ルクセンブルクワインを日本で広めたいんじゃなかったでしたっけ?
松:そうなんですけど・・・。そうですね!やはり良いものは皆さんに知って頂きたいです。
中:そのうち、ワインラボに興味のある方をお呼びして試飲会をしてみてもいいですね。
松:是非、将来そんなことも考えたいです。
今回紹介したワイナリー
ドメーヌ・コックス https://www.domainekox.lu/en
100年以上の歴史を持つ家族経営のブティックワイナリー。磨き上げたノウハウで生み出される「クレマン」と呼ばれるシャンパーニュ製法のスパークリングワインで知られる。1909年に建てられたワイナリーシャトーで生産者が案内する試飲会も好評。3年前にワイナリーを継いだコリーヌ・コックスの新たな試みも注目。
※ドメーヌ・コックスは日本未輸入です。